贞观政要_卷五论仁义评析
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查阅典籍:《贞观政要》——「贞观政要·卷五论仁义」原文
苛政猛于虎,仁政是士大夫传统的政治理想。太宗认为,用仁义治国,国家就会气运长久。他甚至认为,广修仁义,则灾害不生。本篇紧紧围绕李唐王朝长治久安这个中心展开,论述了唐太宗对广修仁义的一些基本观点:“古来帝王以仁义为治者,国祚延长”,“林深则鸟栖,水广则鱼游,仁义积则物自归之”,甚至认为“行仁义则灾害不生”。贞观元年,太宗曰:“朕看古来帝王以仁义为治者,国祚延长,任法御人者,虽救弊于一时,败亡亦促。既见前王成事,足是元龟。今欲专以仁义诚信为治。望革近代之浇薄也。”黄门侍郎王珪对曰:“天下凋丧日久,陛下承其余弊,弘道移风,万代之福。但非贤不理,惟在得人。”太宗曰:“朕思贤之情,岂舍梦寐!”给事中杜正伦进曰:“世必有才,随时听用,岂待梦傅说,逢吕尚,然后为治乎?”太宗深纳其言。
贞观二年,太宗谓侍臣曰:“朕谓乱离之后,风俗难移,比观百姓渐知廉耻,官民奉法,盗贼日稀,故知人无常俗,但政有治乱耳。是以为国之道,必须抚之以仁义,示之以威信,因人之心,去其苛刻,不作异端,自然安静,公等宜共行斯事也。”
贞观四年,房玄龄奏言:“今阅武库甲仗,胜隋日远矣。”
太宗曰:“饬兵备寇虽是要事,然朕唯欲卿等存心理道,务尽忠贞,使百姓安乐,便是朕之甲仗。隋炀帝岂为甲仗不足,以至灭亡?正由仁义不修,而群下怨叛故也。宜识此心。”
贞观十三年,太宗谓侍臣曰:“林深则鸟栖,水广则鱼游,仁义积则物自归之。人皆知畏避灾害,不知行仁义则灾害不生。夫仁义之道,当思之在心,常令相继,若斯须懈怠,去之已远。犹如饮食资身,恒令腹饱,乃可存其性命。”王珪顿首曰:“陛下能知此言,天下幸甚!”
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